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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1353号 判決

原告

甲野一郎

乙山春男

被告

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

高須要子

外三名

主文

一  被告は、原告らに対し、各金三万円及びこれに対する昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

(一) 原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)

原告甲野は、昭和五七年九月二二日から東京拘置所に勾留されている刑事被告人である。

(二) 原告乙山春男(以下「原告乙山」という。)

原告乙山は、昭和五八年一一月二九日から昭和六〇年三月一〇日までの間は勾留処分を受けた刑事被告人として、その後同年四月一五日までの間は懲役刑受刑者として、東京拘置所に在監していた者である。

2  本件抹消処分

東京拘置所長は、原告甲野の弟である甲野二郎が昭和六〇年一月二一日原告らに対して一冊ずつ差し入れたアラブ連盟駐日代表部発行の小冊子「アラブ・トピックス」昭和五七年一〇月号(以下「本件書籍」という。)について、同書籍の表紙、四九頁、五〇頁、五一頁及び五三頁に掲載された各写真の各一部が東京拘置所長の定めた「所内生活の心得」と題する東京拘置所在監者に対する内部規律の第二、一四、3所定の在監者が閲読しようとする私本、新聞その他の文書図画についてその一部を削り、又は閲読を不許可とすることがある場合の一つである「(七)その他施設の規律に違反し、又は管理運営上支障のあるもの」に該当するものと認め、同月二二日原告甲野に対し、同月二三日原告乙山に対し、それぞれ、原告らが右各写真の各一部を抹消することに同意しない限り原告らに対して本件書籍の閲読を許可しない旨を告知して右各写真の各一部を抹消することについて同意を求め、本件書籍の閲読を希望する原告らから、それぞれ、「閲読に支障があると認められた部分は、抹消され、又は切り取られてもかまいません。」との記載の存する本件書籍の交付願(以下「本件交付願」という。)を提出させたうえ、本件書籍中の右各写真の各一部に墨を塗つてこれを抹消する処分(以下「本件抹消処分」という。)をして、同月二四日、原告らに対し、右一部抹消した本件書籍をそれぞれ交付した。

3  本件抹消処分の違法性

(一) 日本国憲法は、すべての人に対し、一九条において思想及び良心の自由を、二一条において表現の自由を、二三条において学問の自由をそれぞれ保障し、また、右各自由権を統括する権利として「知る権利」を保障している。したがつて、勾留処分を受けた刑事被告人も、その逃亡又は罪証隠滅を防止するという勾留処分の目的に反しない限り、日本国憲法の保障する右各権利を享有するものというべきであり、勾留処分を受けた刑事被告人が憲法上の右各権利について制約を受けるのは、刑事被告人に右各権利の享有を許すと前記勾留処分の目的に反する事情が生ずる場合及び刑事被告人に対して勾留を執行するうえで前提として必要とされる監獄の安全性に対する明白かつ現在の危険が生ずる場合に限られなければならず、仮に右のような場合に限らず監獄内の規律及び秩序の維持のために必要な場合にも刑事被告人の憲法上の前記各権利に制限を加えることが許されるとしても、右制限は右目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられなければならず、単に刑事被告人に当該文書等の閲読を許すと監獄内の規律及び秩序が害される一般的又は抽象的なおそれがあるというだけでは足りないというべきである(最高裁判所昭和五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

ところで、本件書籍中の本件抹消処分を受けた各写真は、いずれもイスラエル軍及びレバノン右派民兵が昭和五七年九月一六日から同月一八日にかけてレバノンのパレスチナ難民キャンプにおいてパレスチナ人に対してした無差別大量虐殺事件(以下「本件虐殺事件」という。)についての報道写真であり、路上に横たわる虐殺されたパレスチナ人の遺体が被写体となつているものである。したがつて、右各写真は、原告らに対する勾留処分の目的又は監獄内の規律若しくは秩序の維持とはなんら関係のないものである。

そして、右各写真は、いずれも、当時、国際的な通信会社であるUPIサン等によつて日本国内の各種の報道機関に対しても提供され、テレビ、新聞、雑誌等によつて不特定多数の国民に報道されたものであるところ、右各写真を見ることによつてなんらかの危険が惹起されるとするならば、監獄でなくともそれは既に起きていなければならないのに、現在までそのような事実は起きていない。

また、東京拘置所長は、原告甲野に対し、本件虐殺事件発生後間もない昭和五七年一〇月ころ、弁護人から差し入れられた本件抹消処分を受けた各写真のうちの一部と同一の写真が掲載されていた同年九月二〇日発行の朝日新聞の朝刊について、右写真の抹消をしないでその閲読を許し、また、昭和五八年九月ころにも、本件抹消処分を受けた各写真のうちの一部と同一の写真が掲載されていた昭和五七年一〇月一七日発行の毎日グラフについて、右写真の抹消をしないでその閲読を許したが、原告甲野が、右朝日新聞等を閲読したことにより刺激を受けて東京拘置所内の規律又は秩序を害すべき行為をしたこともない。また、東京拘置所長は、当時東京拘置所において朝日新聞を私費購読していた他の多数の在監者に対しても、右昭和五七年九月二〇日発行の朝日新聞の朝刊をこれに掲載されていた本件虐殺事件についての写真を抹消することなく閲読を許したが、これにより刺激を受けて東京拘置所の規律又は秩序を害すべき行為をした者はいなかつた。

更に、東京拘置所長は、昭和五八年一二月二四日、東京拘置所に在監していたAに対し、Bから差し入れられたC撮影・編集にかかる本件虐殺事件についての写真集「ベイルート一九八二」について、本件抹消処分を受けた写真のうちの一部と同一の写真が掲載されていたにもかかわらず、一箇所の抹消もしないで閲読を許し、次いで昭和五九年一月一〇日、東京拘置所に在監中のDに対しても、Eから差し入れられた右写真集を一箇所の抹消もしないで閲読を許した。ところが、東京拘置所長は、Fが昭和六〇年一一月二三日原告甲野に対して差し入れた右写真集については、同月二七日、同原告に対し、七箇所の写真の抹消に同意しなければ閲読を許さない旨告知し、同原告が昭和六一年二月一九日やむなく右抹消に同意する旨記載された交付願を提出すると、同月二二日、右写真集中の本件抹消処分を受けた写真と同一の写真二点を含む七箇所の写真を墨で塗りつぶしたうえ、同原告に対し、右写真集を交付した。しかし、右写真集に掲載されていた写真の中には抹消された右七箇所の写真と同等又はそれ以上にすさまじい虐殺現場写真であるにもかかわらず、抹消されなかつたものも含まれていた。

以上の各事実からすれば、東京拘置所長のした本件抹消処分は、原告らに対する勾留処分の目的の達成又は東京拘置所内の規律及び秩序の維持のためになんら具体的な必要性が存しないにもかかわらずされた恣意的なものであり、違法といわざるを得ない。

(二) なお、前記のとおり、原告らは、東京拘置所長に対し、それぞれ本件交付願を提出したが、右は、原告らが東京拘置所長において本件抹消処分をすることに同意して本件交付願を提出しない限り、本件書籍中の本件抹消処分の対象とされた各写真以外の部分についても閲読することができなくなるため、処分の具体的内容及び処分の理由を認識しないままやむを得ずしたものであるから、原告らが本件交付願を各提出したとの一事をもつて、直ちに本件抹消処分の違法性が否定されるものではない。

4  損害

本件抹消処分の対象とされた本件書籍中の各写真は、本件虐殺事件の実態を知るうえで必要不可欠な資料であるが、本件抹消処分により、右各写真の資料的価値は失われ、原告らの有する「知る権利」等の基本的人権も侵害された。原告らが東京拘置所長のした右違法行為により被つた精神的苦痛を金銭で償うには、それぞれ写真一点について一〇万円の割合による合計五〇万円を下ることはない。

5  よつて、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、前記精神的苦痛に対する慰藉料五〇万円及びこれに対する違法行為の日の後である昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実のうち、東京拘置所長が原告らに対して原告らがその主張する本件書籍中の各写真の各一部を抹消することに同意しない限り原告らに対して本件書籍の閲読を許可しない旨告知したことは否認し、その余は認める。

東京拘置所長は、原告らに対し、本件書籍のうち原告ら主張の各写真の各一部を除くその余の部分の閲読を許可し、右各写真の各一部を抹消することについて同意を求めたのである。

3(一)  同3(一)の事実のうち、本件抹消処分の対象とされた各写真が本件虐殺事件についての報道写真であり、その被写体が路上に横たわる遺体であること、原告ら主張の朝日新聞に本件抹消処分の対象とされた各写真のうちの一部と同内容の写真が掲載されていたこと、東京拘置所長が昭和五八年一二月二三日ころAに対して、昭和五九年一月九日Dに対してそれぞれ写真集「ベイルート一九八二」について抹消しないまま閲読を許可したこと、東京拘置所長が昭和六一年二月二〇日原告甲野に対して右写真集について七箇所の写真を抹消したうえで閲読を許可したこと、右七箇所の抹消写真のうちの二枚が本件抹消処分を受けた写真と同内容であることは認めるが、原告ら主張の毎日グラフに本件抹消処分の対象とされた各写真のうちの一部と同内容の写真が掲載されていたことは否認し、その余は知らず、その主張は争う。

(二)  同3(二)の事実のうち、原告らが東京拘置所長に対してそれぞれ本件交付願を提出したことは認めるが、その余は争う。

4  同4の事実は知らず、その主張は争う。

三  被告の主張

1  本件抹消処分当時の東京拘置所の収容状況及び保安状況

(一) 東京拘置所には、本件書籍が原告らに対して差し入れられた昭和六〇年一月二一日当時、勾留中の被告人一一二二名、懲役刑受刑者六八一名、禁錮刑受刑者一名、労役場留置の受刑者二三名の合計一八二七名が収容されており、右在監者のうちいわゆる公安関係事件の被収容者は、連続企業爆破事件関係者五名、連合赤軍リンチ殺人事件関係者三名、神社本庁爆破事件関係者二名、神山交番事件関係者二名、その他一〇名の合計二二名であつた。

(二) これに対し、東京拘置所では、約三〇〇名の保安課勤務職員が、交代で常時在監者の動静観察、警備その他の事務に従事していた。

2  原告らの東京拘置所内における活動状況

(一) 原告甲野

原告甲野は、昭和五七年七月一二日、「東アジア反日武装戦線」と称する組織の一員としていわゆる連続企業爆破事件を引き起こしたとの被疑事実により逮捕され、その後、爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の罪名により起訴された者であるが、本件抹消処分が行われる以前から、いずれも東京拘置所の在監者の一部によつて組織された日帝打倒をスローガンとして監獄の解体を標ぼうする「獄中者組合」並びに監獄の解体及び獄中者の解放を標ぼうする「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」と称する各組織の正会員であり、また、死刑制度廃止と監獄法改正反対闘争を活動目的とする「麦の会(日本死刑囚会議=麦の会)」(以下「麦の会」という。)と称する組織の協力会員であつて、これらの組織に加入している他の在監者及び外部の支援者らとともにいわゆる対監獄闘争を行い、その一環として、東京拘置所に収容されて間もない同年一二月三〇日から昭和六〇年一月までの間に、別表一記載のとおり各種の不服申立てを繰り返していたほか、別表二記載のとおり大声、ハンスト等の規律違反行為を行つて懲罰を科されていた。

(二) 原告乙山は、昭和五八年九月二二日逮捕され、その後、爆発物取締罰則違反、公正証書原本不実記載、同行使の罪名により起訴された者であるが、本件抹消処分が行われる以前から、前記「獄中者組合」の正会員として、また、前記「麦の会」の協力会員として、これらの組織に加入している他の在監者及び外部の支援者らとともにいわゆる対監獄闘争を行い、その一環として、昭和六〇年一月までの間に、別表三記載のとおり各種の不服申立てを繰り返していた。

3  本件抹消処分の適法性

(一) 勾留処分を受けて監獄に身柄を拘束されている刑事被告人は、その図書等の閲読の自由について、勾留処分の目的達成のために必要とされる場合のほか、監獄内の規律及び秩序の維持のために必要とされる場合にも一定の制限を受けることはやむを得ないというべきであり、監獄の管理責任者は、当該在監者の性向及び行状、監獄内の管理及び保安の状況、当該図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、当該在監者に当該図書等の閲読を許可することにより監獄内の規律及び秩序の維持について放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められるときには、その障害の発生防止のために必要かつ合理的な範囲内において、右の者が右図書等を閲読することに対して制限を加えることができるというべきである(最高裁判所昭和五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

(二) そして、本件抹消処分は、東京拘置所内の規律及び秩序の維持について放置することのできない程度の障害の発生を防止するために必要かつ合理的な範囲内でされたものであるから、なんら違法な点はない。すなわち、

(1) 一般に、勾留処分を受けて監獄内に収容されている刑事被告人は、一般社会と異なる特殊な環境のもとにあるため、一般社会においてはささいなものと思料される刺激によつても精神の平衡を失いやすい状況にあるが、殊に、原告らは、かねて原告らの所属する組織の機関紙等を通じて、いわゆる日帝の第三世界の人民に対する抑圧や支配等と闘う運動を行つていくことを公言しており、また、原告ら公安事件関係者は、アメリカ合衆国政府、日本国政府、あるいは、国会、裁判所等に対して独自の不平不満を有していて、その不平不満を関係機関に対する抗議文の発送、機関紙等への投稿といつた形態で表わすほか、原告ら公安事件関係者が現在監獄に収容されているといつた状況から、当該不平不満とは直接に関係のない東京拘置所又はその職員に対しても、八つ当たり的に反抗し、大声、ハンスト等の規律違反行為に出ることが少なくなかつたうえ、原告ら公安事件関係者は、東京拘置所及びその職員に対して著しい不信感を持つており、前記のとおり、外部の支援者と呼応し、又は他の東京拘置所在監者と同調して、いわゆる対監獄闘争と称する規律違反行為を反復していた。

(2) そして、本件書籍には、随所に本件虐殺事件により殺害された者の写真が掲載され、また、右事件の詳細を報道する記事も掲載されていたが、本件抹消処分の対象とされた各写真は、そのうちの殺害された者の顔の表情が鮮明に把握できるように撮影された写真であり、右各写真を抹消しないまま本件書籍を原告らに閲読させた場合、写真そのものが直接視覚に訴える性質のものであることに加え、原告らが監獄という特殊な環境に置かれていること並びに原告らの前記のような独自の理論及び従前からの監獄に対する反抗的な活動の状況等を考慮すると、右各写真が原告らに対して極めて強い刺激を与え、原告らの本件虐殺事件により殺害された者らに対するれんびんの情やいわゆる加害者に対する憎悪の念を増大させ、更には原告らのいわゆる日帝打倒に向けての闘志を増大させて、ひいては、原告らがかねて行つていたいわゆる対監獄闘争に対する自信を深めさせ、これを激化させるに至るものと予想された。

(3) これに対し、東京拘置所の昭和六〇年一月二一日当時における在監者及び職員の状況は前記のとおりであり、限られた数の職員が交代で在監者の動静観察や警備等に当たつていたのが実情であるから、多数の在監者が一斉に反抗した場合、その抑止が困難となる事態が発生することも容易に予想された。

(4) そこで、東京拘置所長は、以上の各事情を考慮して、原告らに対して本件書籍をそのまま閲読させた場合、東京拘置所内の規律及び秩序の維持について放置することのできない程度の障害が発生する相当の蓋然性があり、右障害の発生を防止するためには、本件書籍のうち少なくとも本件抹消処分の対象とされた各写真について、それぞれその一部を抹消する必要があると判断して、原告らの同意を得たうえ、本件抹消処分をしたのであるから、右処分にはなんら違法な点は存しない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は、争う。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告甲野が被告主張の日時にその主張の被疑事実により逮捕され、その後被告主張のとおりの罪名により起訴されたこと、原告甲野が本件抹消処分が行われる以前から「獄中者組合」の正会員であり、また、「麦の会」の協力会員であつたこと、原告甲野が別表一記載のとおり各種の不服申立てをし、別表二記載のとおり各懲罰を受けたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同2(二)の事実のうち、原告乙山が被告主張の日時に逮捕され、その後被告主張のとおりの罪名により起訴されたこと、原告乙山が本件抹消処分が行われる以前から「獄中者組合」の正会員であつたこと、原告乙山が別表三記載のとおり各種の不服申立てをしたことは認めるが、その余は否認する。

3(一)  同3(一)は、争う。

(二)  同3(二)の事実のうち、原告らがいわゆる日帝の第三世界の人民に対する抑圧や支配等と闘う運動を行つていく旨の意見を雑誌等に掲載された文章等を通じて表明していたこと、本件書籍には本件虐殺事件により殺害された者の写真及び右事件の内容を報道する記事が掲載されていたこと、本件抹消処分の対象とされた各写真には右事件により殺害された者の顔も撮影されていたことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件抹消処分に至る経緯

1  原告甲野は、昭和五七年七月一二日、「東アジア反日武装戦線」と称する組織の一員としていわゆる連続企業爆破事件を引き起したとの被疑事実により逮捕され、その後、爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の罪名により起訴されて、同年九月二二日からは東京拘置所に勾留されていること、原告甲野は、昭和六〇年一月二四日以前から、「獄中者組合」の正会員であり、「麦の会」の協力会員であつたこと、原告甲野は、東京拘置所に収容された後、別表一記載のとおり各不服申立てをし、また、別表二記載のとおり各懲罰を受けたこと、原告乙山は、昭和五八年九月二二日逮捕され、その後、爆発物取締罰則違反、公正証書原本不実記載、同行使の罪名により起訴されて、同年一一月二九日から東京拘置所に勾留されていたこと、原告乙山は、本件抹消処分の行われた昭和六〇年一月二四日以前から、「獄中者組合」の正会員であつたこと、原告乙山は、東京拘置所に収容された後、別表三記載のとおり各不服申立てをしたこと、原告甲野の弟である甲野二郎は同月二一日原告らに対して一冊ずつ本件書籍を差し入れたこと、東京拘置所長は本件書籍の表紙、四九頁、五〇頁、五一頁及び五三頁に掲載された各写真の各一部が東京拘置所長の定めた「所内生活の心得」と題する東京拘置所在監者に対する内部規律の第二、一四、3所定の在監者が閲読しようとする私本、新聞その他の文書図画についてその一部を削り、又は閲読を不許可とすることがある場合の一つである「(七)その他施設の規律に違反し、又は管理運営上支障のあるもの」に該当するものと認めたこと、原告らは、それぞれ、東京拘置所長に対して本件交付願を提出したこと、東京拘置所長は、本件書籍について本件抹消処分をした後、同月二四日、原告らに対して一部抹消後の本件書籍をそれぞれ交付したことは、当事者間に争いがない。

2  そして、原告らがいわゆる日帝の第三世界の人民に対する抑圧や支配等と闘う運動を行つてゆく旨の意見を雑誌等に掲載された文章等を通じて表明していたことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、原告甲野に対する爆発物取締罰則違反、殺人未遂被告事件の内容は、同原告は、いわゆる下層労働者の将来のプロレタリア革命に向けての意識を高め、よりよい労働条件を獲得するための運動を活発にするには、武器をとつて闘わなければならないとの確信に基づいて、他の「東アジア反日武装戦線」の構成員と共謀のうえ、鹿島建設株式会社の工場等に手製の爆発物を仕掛けてこれを爆発させる等したというものであり、〈証拠〉によれば、原告乙山に対する爆発物取締罰則違反、公正証書原本不実記載、同行使被告事件の内容は、同原告は、いわゆる寿荘誤爆事件についての爆発物取締罰則違反の犯人として警察から公開指名手配され逃走中の者に対してその者の逃亡に便宜を与える等したというものであり、〈証拠〉によれば、東京拘置所においては、原告らの右言動及び各被告事件の内容から、原告らをいわゆる公安事件関係者に含めて考えていたことが認められる。

3  次に、〈証拠〉によれば、原告らの所属していた前記「獄中者組合」は、在監者の権利及び利益の保護、そのための監獄内の実状の外部への伝達と監獄内における拘置所当局による人権侵害に対する法的手段による対抗、在監者の互助等を目的とする組織であり、原告甲野は昭和五八年秋ころ、原告乙山も昭和六〇年一月二四日までにそれぞれ右組合の正会員となり、昭和五九年七月当時東京拘置所において右「獄中者組合」には原告らのほか原告甲野と同様いわゆる連続企業爆破事件の被告人であつたD、Aらを含めて約一五名の正会員が所属していて、原告らは、右組合において、その支持する政治団体の活動を支援する内容の文章を発表したり、東京拘置所に対して在監者の処遇の改善を要求したりする等の活動をしていたこと、また、「麦の会」は、死刑制度の廃止を主たる目的とする組織であり、原告甲野は昭和五九年ころから右組織の協力会員として右組織の機関紙の発行に協力していたこと、なお、東京拘置所には、同年七月当時、「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」と称する「獄中者組合」と類似の目的を有する組織も存在し、右組織にはAほか約二名の東京拘置所在監者が所属していたことが認められる。

なお、原告甲野が「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」の正会員であり、原告乙山が「麦の会」の協力会員であつたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

4  更に、〈証拠〉によれば、本件抹消処分の実施に先立つ昭和五九年九月一七日、原告らに対して本件書籍が差し入れられ、東京拘置所長が右書籍のうち本件抹消処分の対象とされたのと同じ各写真について原告らに閲読を許すことを不相当と認め、原告らに対して右各写真を抹消することについて同意を求めたこと、これに対し、原告甲野は、右各写真の抹消を拒否したため、右書籍の閲読を許されなかつたこと、他方、原告乙山は、右各写真の抹消に同意したため、右各写真を抹消された本件書籍を閲読することができたこと、その後、同年一〇月ころ、今度は右各写真が抹消された本件書籍が原告甲野に対して差し入れられ、同原告はこれを閲読したこと、また、同年一一月ないし同年一二月ころ及び昭和六〇年一月ころにも右各写真が抹消されていない本件書籍が原告甲野に対して差し入れられたため、東京拘置所長が前同様同原告に対して右各写真を抹消することについて同意を求めたが、同原告は、いずれもこれを拒否したため、右書籍の閲読を許されなかつたこと、その後、同月二一日、再び甲野二郎から原告らに対して右各写真が抹消されていない本件書籍が差し入れられ、これについて本件抹消処分がされたことが認められる。

5  〈証拠〉によれば、東京拘置所には、昭和六〇年一月二一日当時、勾留処分を受けた刑事被告人一一二二名、懲役刑受刑者六八一名、禁錮刑受刑者一名、労役場留置の受刑者二三名の合計一八二七名が収容されており、右在監者のうち東京拘置所の職員からいわゆる公安事件関係者と考えられていた者は原告らを含めて合計二二名存したこと、これに対し、東京拘置所では当時約二五〇名ないし三〇〇名の職員が在監者に対する日中の警護等に当たり、単独房収容の在監者については職員一名で在監者約四〇名の、雑居房収容の在監者については職員二名で在監者一〇〇名ないし一五〇名の各処遇を担当していて、単独房においては二、三名の在監者が同時に大声を発する等の規律違反行為をすると担当職員のみではこれを制止することが困難となることが予想される状況にあつたことが認められる。

二東京拘置所における図書等の検閲の状況

ところで、〈証拠〉によれば、東京拘置所においては、在監者に対して差し入れられた図書等について、まず、右図書等の表紙の裏あるいは頁の間等に拘置所の管理運営上支障となるものが隠されていないか等右図書等がその物理的性状等において監獄内の規律を乱し、又は監獄の管理運営上支障を生ずるおそれがないか否かが検査され、その後、東京拘置所の教育課図書係の職員により、右図書等が差し入れられた当時の東京拘置所の収容状況及び保安状況、右図書等の差入れを受けた在監者の行状、図書等の内容等に照らして、右在監者に右図書等の閲読を許すことにより勾留処分の目的の達成又は監獄内の規律若しくは秩序の維持等に支障が生じないか否かが審査されること、この際、右図書等の内容が特定の政治的又は思想的立場を前提とするものであるか否か、また、右図書等に掲載された写真のうちに死体等が被写体とされていてこれを見る者にせい惨な印象を与えるものが存するときは、右写真が掲載された図書等の他の記事等と相まつてこれを閲読する在監者に監獄の管理運営に支障を生ずべき行為をするに至らせるおそれがないか否か等の点が考慮され、殊に、右図書等の差入れを受けた在監者がいわゆる公安事件関係者である場合には、これらの者がしばしば東京拘置所の職員等に対して敵対的な意識を抱き、職員等に対して反抗的な行為をすることが多いため、右図書等がこれを閲読した在監者に対して与える影響について他の在監者の場合より慎重な審査がされること、右審査の結果、在監者に右図書等の全部の閲読を許すことが相当でないと判断された場合には、東京拘置所長は、在監者に対する右図書の閲読を不許可とし、在監者にその一部の閲読を許すことが相当でないと判断された場合には、東京拘置所長は、在監者に対して閲読を許すことが不相当とされた部分についてこれを抹消することに同意するよう求め、在監者がこれに同意すれば、在監者から、同人が閲読を希望する図書等のうちの東京拘置所長において閲読を許すのに支障があると認めた部分については同所長においてこれを抹消し又は切り取つても構わない旨が記載された交付願を提出させ、右部分を抹消したうえ、在監者に対して右図書等を交付し、在監者が右同意を拒めば、在監者に対して右図書等の閲読を不許可とすること、ところで、東京拘置所においては、昭和五九年秋ころ以降、原告ら並びに原告甲野と同じくいわゆる連続企業爆破事件の被告人であるA及びDらに対し、本件書籍や本件書籍と同種本件虐殺事件を主題として扱いその現場の写真を掲載した「世界は忘れない」と題する書籍及び第二次世界大戦中に日本軍が行つた虐殺事件を主題として扱つた書籍等が繰り返して差し入れられ、また、同年夏ころ、東京地方裁判所において、東京拘置所長のした図書等の抹消処分を違法とする判決が言い渡されたことを契機として、一部在監者の間に東京拘置所に対して図書等の抹消処分についてその違法性を追及してゆこうとの意見の交換が行われていたため、東京拘置所長は、原告らを含む一部の在監者間に、一定の虐殺事件等を扱つた前記各書籍等の閲読等を通じ、相互の連帯感を強め、また、日本国政府又は東京拘置所ないしその職員に対する対抗意識を高めてゆこうとする動きがあるものと判断して、主としてこれらの者に対して差し入れられた図書等の閲読の許否についての審査の基準を従前よりも厳格に運用することと決定したことが認められる。

三本件抹消処分の違法性の有無について

1  勾留処分を受けた刑事被告人に対する閲読の自由の制限の限界について

日本国憲法は、すべての人に対し、思想及び良心の自由を保障する一九条並びに表現の自由を保障する二一条の各規定の趣旨及び目的から派生的に導き出されるものとして、さまざまな意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由も保障していると解すべきであるが、右自由も、生活のさまざまな状況下においてこれに優越する公共の利益の実現のために必要とされる場合には、一定の合理的制限を受けることがあることはやむを得ないものというべきである。そして、これを勾留処分を受けて監獄に身柄を拘束されている刑事被告人についていえば、逃亡及び罪証隠滅の防止という勾留処分の目的の達成のために必要とされる場合のほか、監獄内の規律及び秩序の維持のために必要とされる場合にも、右自由について一定の制限を受けることはやむを得ないものというべきである。しかしながら、右制限は、もとより、右目的を達成するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきであり、刑事被告人の収容されている監獄の長は、当該刑事被告人の性向及び行状、監獄内の管理及び保安の状況、当該図書等の内容その他の当該具体的状況のもとにおいて、当該刑事被告人に当該図書等の閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序を維持するうえで放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められる場合に限り、右障害の発生防止のために必要かつ合理的な限度において、当該刑事被告人の有する図書等の閲読の自由について制限を加えることが許されるというべきである(最高裁判所昭和五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

2  本件抹消処分の実施理由について

(一)  まず、本件書籍には、本件虐殺事件により殺害された者の写真及び右事件の内容を報道する記事が掲載されていることは、当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、本件書籍は、本件虐殺事件の状況を広く一般に報道し、本件虐殺事件を行つたイスラエル政府等に対する世論の批判を喚起するとともに、イスラエル政府と対立関係にあるアラブ連盟に対する支持を獲得することを目的として発行されたものであつて、右書籍には、前記報道記事及び写真のほかに、本件虐殺事件を起こしたイスラエル政府を非難し、同政府に対して軍隊の撤退を求めるとともに、他の国々に対してイスラエル政府に対する制裁等を行うよう呼びかける内容のPLO緊急執行委員会の声明や、当時の日本国の外務大臣、日本社会党、公明党、日本共産党その他の政党の関係者、労働団体、婦人団体、法律家団体、市民団体、宗教関係者、作家、ジャーナリスト等による本件虐殺事件についての抗議文等も掲載されており、また、本件書籍に掲載された写真はいずれもUPIサン等の国際的通信会社の提供にかかるものであり、それぞれに写真の内容についての説明が加えられていることが認められる。また、本件抹消処分の対象とされた各写真に本件虐殺事件により殺害され路上に横たわつている遺体の顔が撮影されていたことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、本件抹消処分の対象とされた右各写真のうち、本件書籍の表紙に掲載されたものは、こめかみを銃弾により射ち抜かれ、その眼球がくり抜かれた老人の遺体の写真であり、同四九頁に掲載されたものは二人の子供の遺体の写真であり、同五〇頁に掲載されたものは婦人と子供の遺体の写真であり、同五三頁に掲載されたものは右四九頁に掲載された写真と同内容のものであることが認められる(なお、本件書籍の五一頁に掲載された写真については、その内容を直ちに明らかにし得る証拠はない。)。

(二)  そして、〈証拠〉によれば、東京拘置所長は、本件書籍中の本件抹消処分の対象とされた各写真にはいずれも本件虐殺事件により殺害された者の顔が相当の大きさにより鮮明に写し出された部分が存したところから、右各写真部分を抹消しないで本件書籍を原告らに閲読させた場合、右各写真部分が、本件書籍の前記認定のような他の部分と相まつて、原告らに極めて強い刺激を与え、原告らの本件虐殺事件により殺害された者らに対するれんびんの情やいわゆる加害者に対する憎悪の念を増大させるおそれがあり、しかるときは、原告らの従前からの東京拘置所の職員に対する反抗的な活動の状況及び前記認定のとおり昭和五九年秋ころから顕著となつた原告らが東京拘置所に対する組織的な反抗活動を準備しつつあるかのような活動状況に照らし、原告らが本件書籍の閲読を契機として東京拘置所の規律及び秩序の維持に重大な影響を及ぼすべき反抗的な活動に出るおそれがあるものと判断して、右各写真のうち遺体が写し出されている部分について本件抹消処分をしたことが認められる。

3  当裁判所の判断

(一) 〈証拠〉によれば、原告甲野は昭和五七年一〇月二七日ころ同原告に対する刑事事件の弁護人からの差入れにより本件書籍の四九頁及び五三頁に掲載された各写真と同内容の写真が掲載された同年九月二〇日発行の朝日新聞の朝刊を閲読したこと(右朝日新聞に本件書籍中の本件抹消処分の対象とされた各写真のうちの一部と同内容の写真が掲載されていたことは、当事者間に争いがない。)が、〈証拠〉によれば、原告甲野はその後も本件虐殺事件により殺害された者の遺体等を撮影した写真等を掲載した同年一〇月一七日発行の毎日グラフを閲読したことがそれぞれ認められるが、原告甲野が右各閲読により受けた刺激を直接の原因として東京拘置所の職員等に対して反抗的行為をするに至つたことを認めるに足りる証拠はない。また、東京拘置所長が昭和五八年一二月二三日ころAに対し、昭和五九年一月九日Dに対し、それぞれ写真集「ベイルート一九八二」を抹消しないまま閲読を許したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右写真集は本件書籍と同じく本件虐殺事件により殺害された者の遺体等の写真を掲載したものであることが認められ、右写真集中に本件書籍中の本件抹消処分を受けた各写真と同一の内容の写真二枚が含まれていたことも当事者間に争いがないが、A及びDが右写真集を閲読したことにより受けた刺激を直接の原因として東京拘置所の職員等に対して反抗的行為に出たことを認めるに足りる証拠はない。なお、東京拘置所長が昭和六一年二月二〇日原告甲野に対して右写真集のうち本件書籍中の本件抹消処分を受けた各写真と同内容の写真二枚を含む七箇所の写真を抹消したうえでその閲読を許可したことは、当事者間に争いがない。

前記及び右の各事実によれば、本件虐殺事件により殺害された者の遺体を撮影した写真の在監者に対する閲読について、東京拘置所長は、本件書籍が原告らに初めて差し入れられた昭和五九年九月ころまでは格別の抹消をしないで右写真の閲読を許していたが、右同月ころから右閲読が従前に比し厳しく制限されるようになつたことが認められる。

別表一

原告甲野の不服申立て状況一覧表

番号

申立て年月日

種別

申立て先

申立ての内容等

てん末等

五七・一二・三〇

所長面接

所長

処遇の改善要求

回答不要

五八・一・一二

所長面接

所長

職員の職務に関する不服

五八・一・一三

回答告知

七・六

要求及び

抗議

所長

雑誌の切抜きに関する不服

五八・七・八

回答告知

管理部長

教育課長

一〇・二五

巡閲官

情願

巡閲官

一二・七裁決

(却下)告知

一〇・二五

区長面接

第二区長

願せんの取扱いに関する不服

一〇・二五

回答告知

一二・二八

所長面接

所長

「山谷越冬闘争統一行動」

呼びかけの一環として

「統一所長面接要求」

回答不要

五九・四・二

所長面接

所長

発信不許可に関する不服

五九・四・五

回答告知

五・二三

区長面接

第二区長

差入品の交付遅延に関する不服

五・二五

回答告知

六・七

教育課長

面接

教育課長

合冊の紐に関する不服

六・八

回答告知

一〇

九・四

教育課長

面接

教育課長

合冊の検印に関する不服

九・五

回答告知

一一

九・六

教育課長

面接

教育課長

合冊の検印に関する不服

九・六

回答告知

一二

一〇・一七

教育課長

面接

教育課長

私本の抹消に関する不服

一〇・一八

回答告知

一三

一一・一九

教育課長

面接

教育課長

私本の抹消に関する不服

一一・二〇

回答告知

一四

一二・七

所長面接

所長

パンフの抹消に関する不服

一二・一一

回答告知

一五

一二・二七

所長面接

所長

「獄中者統一行動」への

呼びかけの一環として

「統一所長面接要求」

回答不要

以上

別表二

原告甲野の受罰状況一覧表

年月日

事犯名

処分等

規律違反行為の内容

五七・一〇・二九

大声

軽屏禁・文書図画閲読禁止各七日

(五七・一一・一八言渡し)

五七・一〇・二九前七時一一分ころ、居房内において、「東アジア反日武装戦線を解放するぞ。」等と大声を発し著しく舎房の静ひつを乱した。

五八・一・一二~

五八・一・一七

指示違反

(拒食)

軽屏禁・文書図画閲読禁止各五日

(五八・一・二七言渡し)

五八・一・一二夕食から五八・一・一七昼食までの合計一五食を拒食した。

五八・二・五

指示違反

(残飯投棄)

軽屏禁・文書図画閲読禁止各五日

(五八・二・一七言渡し)

五八・二・五午後八時二〇分ころ、居房において、外側窓から通路一面に残飯をまきちらした。

以上

別表三

原告乙山の不服申立て状況一覧表

番号

申立て年月日

種別

申立て先

申立ての内容等

てん末等

五九・ 一・一

要求

所長

七項目の処遇改善要求

回答不要

一〇・一一

教育課長

面接

教育課長

処遇について

五九・一〇・一五

回答告知

一〇・一五

釈明要求

抹消処分について

一〇・一六

回答告知

一〇・二六

理由調査願

閲読不許可処分について

一〇・二九

回答告知

一〇・二九

教育課長

面接

教育課長

閲読不許可処分について

一一・二

回答告知

一一・五

調査願

発信書の取扱いについて

一一・五

回答告知

一一・一九

理由説明願

抹消処分について

一一・二〇

回答告知

一二・二四

求釈明

電報発信不許可処分に関する不服

一二・二四

回答告知

一二・二六

要求

所長

一〇項目の処遇改善要求

回答不要

以上

(二) そして、前記認定したところによれば、東京拘置所長が右のように右写真の閲読を従前よりも厳しく制限するようになつたのは、そのころ見られた在監者に対する書籍の差入れ状況の変化等から、原告らを含む一部の在監者間に、本件書籍等の閲読を通じて相互の連帯感を強め、また、日本国政府又は東京拘置所ないしその職員に対する対抗意識を高めてゆこうとする動きがあるものと判断したことによるというのであるが、〈証拠〉及び原告甲野供述によれば、原告甲野が東京拘置所に収容された後本件抹消処分が行われるまでの間東京拘置所においては監獄内の規律及び秩序の維持に障害を生じさせるほどの在監者による組織的な反抗的活動が行われたことはないことが認められ、また、前記認定の昭和五九年秋ころから活発になつた原告らを含む一部在監者に対する本件虐殺事件等に関する書籍等の差入れ状況の変化等も、これをもつて直ちに原告ら在監者が東京拘置所内の規律及び秩序の維持に重大な影響を及ぼすべき右拘置所に対する組織的な反抗的活動を実行するための具体的な準備行為に着手していたと認めるに足りる証拠はない。

そして、他に、原告ら在監者の東京拘置所内における活動状況、東京拘置所における収容状況及び保安状況等について、原告らを含む在監者が昭和五九年九月ころ以降従前と異なり東京拘置所内の規律及び秩序の維持について放置することのできない程度の障害を生ずるような行動に出る蓋然性の存することを推認させるような格別の変化があつたことを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、東京拘置所において昭和五九年九月ころ以降殊更に書籍等の閲読許可の基準を従前よりも厳しくしなければならない具体的事情が存したものとは認め難い。

(三) してみると、前記認定のような原告らの政治的信条及び東京拘置所内における活動の状況、〈証拠〉によれば本件抹消処分の対象とされた各写真はいずれも相当悲惨な状況を撮影したものでありこれを見る者に本件虐殺事件の内容について相当強い印象を与えるものであると認められること、前記認定の本件抹消処分が行われた当時の東京拘置所における収容状況及び保安状況等を考慮しても、原告らに本件書籍を右各写真を抹消しないまま閲読させた場合に原告らに対する勾留処分の目的が達成できず、又は東京拘置所内の規律及び秩序の維持について放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が存したものとは直ちには認め難く、東京拘置所長のした本件抹消処分は、刑事被告人である原告らに対する図書等の閲読の自由の制限として許される範囲を逸脱しており、違法なものといわざるを得ない。

(四)  なお、原告らは本件抹消処分を受けるのに先立つて東京拘置所長に対して本件書籍中閲読に支障のある部分の抹消に同意する旨の記載された本件交付願をそれぞれ提出していることは前記のとおりであるが、〈証拠〉及び原告甲野供述によれば、原告らは、本件交付願を提出するに当たり本件書籍中抹消の対象となる部分の内容及び右部分について閲読を許されない理由を告げられておらず、しかも、原告らが右部分の抹消に同意しない限り本件書籍全部の閲読を許されなくなる状況にあつたことが認められるから、原告らが右のような記載のある本件交付願を提出したからといつて、直ちに本件抹消処分が原告らに対する強制的処分であるとの性格を失うものとはいえず、また、右抹消処分の前記違法性を阻却するものともいえない。

四損害

以上のとおり、原告らに対する本件抹消処分は、原告らの図書等の閲読の自由を侵害するもので違法というべきであるが、前記認定のとおり、本件抹消処分により抹消されたのは本件書籍中に掲載された写真のうちの五枚のその各一部分であること、また、原告らは本件書籍が主題として扱つている本件虐殺事件の内容については本件抹消処分前に既に知つていたものと推認できること、殊に、原告甲野は、本件書籍中の本件抹消処分の対象とされた各写真のうちの一部と同内容の写真が掲載された新聞記事を閲読していること、〈証拠〉によれば、本件抹消処分の対象とされた各写真にはいずれも写真の内容について説明文が付されていることが認められ、右各抹消部分の内容について相当程度把握し得る状態であること等を考慮すると、原告らが右違法行為により被つた精神的苦痛を慰藉するには、各三万円をもつて相当と認める。

五結論

以上認定説示したところによれば、原告らの本訴各請求は、それぞれ、前記慰藉料三万円及びこれに対する違法行為の日の後である昭和六〇年一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を各適用し、仮執行の宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官八木一洋 裁判官寺尾洋は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官石井健吾)

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